異文化コミュニケーションは、文化の違い「だけ」では起きない
異文化コミュニケーションという言葉を聞くと、
「文化が違うから仕方ないよね」とまとめてしまうことがあります。
もちろん、文化の違いはあります。
ただ、実際の職場を見ていると、
トラブルやすれ違いの多くは、
文化そのものよりも もっと手前の部分 で起きているように感じます。
それは、誰かの能力不足や、努力の問題ではありません。
単に、「前提」がそろっていないだけ、というケースがほとんどです。
たとえば、
「ここまでやっておくのが普通」
「これは言わなくても分かるだろう」
「この段階で報告するものだ」
こうした感覚は、
同じ職場で長く働いている人同士なら共有されやすいものです。
でも、背景が違う人同士では、
その前提が最初から共有されているとは限りません。
すると、
・説明したのに、納得されなかった
・きちんとやったつもりなのに、評価されなかった
・善意で動いたのに、負担になってしまった
そんな違和感が、少しずつ積み重なっていきます。
ここで「文化の違いだから」と片づけてしまうと、
考えることは楽になります。
でも同時に、
それ以上、前に進めなくなることもあります。
実際には、
ズレているのは文化そのものではなく、
役割の捉え方
責任の範囲
仕事の進め方
報告や確認のタイミング
といった 仕事上の前提 であることが多いのです。
異文化コミュニケーションは、
相手を変えるための技術ではありません。
「どうすればうまくいくか」を急ぐよりも、
「どこで前提がズレたのか」を
一度、言葉にして整理することのほうが、
結果的に楽になる場合があります。
違和感が生まれたとき、
それは誰かを責めるサインではなく、
前提を確認し直すタイミング なのかもしれません。
異文化コミュニケーションとは、
文化を説明することではなく、
仕事の前提を揃え直す作業。
そう考えると、
少しだけ、見え方が変わってくる気がします。

